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夜の来訪者(小名)

昨日の、月曜日の話です。

久しぶりに実家に帰って、小学校からずっと仲良くしている友人と遊んで、東京に帰ってきたのは二十二時を過ぎた頃でした。電車は混雑しすぎず、でもいつもより少ない気がする、街中もなんだかいつもよりはというくらいで、都内は割とまだ何とも言えない中途半端な雰囲気で、どうしようかなという感じです。

自宅について、掃除や洗濯をして、YouTubeをみながらちょっとだらだらしていました。最近は携帯の調子がすこぶる悪く、充電してもつかなかったりで結構困っています。帰路で完全に使い果たしましたから、家ではパソコンを使っていましたが、LINEをインストールしていないので、それはそれで落ち着くんですが、まあ、だれとも連絡がつかないという時間が帰宅後1時間半くらいあったんです。

そんな時間、23時過ぎくらいでしょうか、インターフォンが鳴りました。東京の一人暮らしだと、営業、勧誘、配達、苦情くらいが考えられるところです。後ろ二つには覚えがありません。かといって、こんな時間に前二つはやってきません。いや恐怖ですね。ついに初の苦情でしょうか。まあ、なんかはっきりとわからなくても、行っちゃうんですよねこういうときって。とりあえずドアの覗き穴で確認すればいいやと思って。前二つの時は大抵見えないところにいるんですが、恐る恐るのぞいてみると、そこには何者かがしっかりと姿を現しました。なんでしょう。

 

正解はスパイダーマンです。

 

 

 

まあ本当はこうなんですけど、

 

 

 

覗き穴からみますとね、完全にこれなんですよ。

 

 

純粋な疑問が意識できるかできないかくらいの時間で駆け巡りました。「えスパイダーマンああ。」っていう。うちは松尾家と学校の間にあります。彼が「夜のランニング」がてら訪れたのでした。それでも出るのが遅れて、「あれここじゃなかったかな。」とかいいながら帰ろうとしていましたが、もし間違っていたら、彼を知らない人からすれば、「え…?スパイダーマン…?」であったことでしょう。

そして10分くらい滞在して、折角なのでうちの近くの神田川沿いを少し歩いて、その後別れました。

 

かなり久しぶりの投稿です。すいません。四月からWSやら何やら始めようというところなので、ぜひまた見守って頂けるとありがたいです。

 

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体調に気を付けて(小名)

大崎での舞台セット作りが無事終わりました。
予定より結構早く終わったようで、その分は稽古をすることになりそうです。

 

昨日からすごく広い稽古場でやっています。さすがに日が近くなってきましたね…。

 

今年初投稿です。明けましておめでとうございます。

なんだが最近短めのブログですが、公開できることが少なくなってきたということでいいんでしょうか。いやそんな気がします。

そして最近やたらと寒くなってきましたが、頑張りと体調管理の両立が難しい時期ですね。

今年は雪が降るでしょうか。公演前に一回くらい降ってもいいとおもうんですけどね。
ともかく、皆さん体調にはお気を付けください。

 

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今年最後のご挨拶(小名)

皆さん年の瀬をいかがお過ごしでしょうか。劇団あはひは遠方の実家に帰った人も多く、年末年始は休止中です。それはまあ、もちろん、2月に備えて存分に、とは言いますが、こういうのって無理に休もうとせずというか、特に気張ることもなく、あの、程よく色々忘れて過ごせるといいですね。それはそれで難しいですけど…。

何となく今までを振り返ると、2018年は旗揚げと番外公演で2回、2019年も第二回と第三回(東京・岐阜)で2回公演をしました。本当に歴史が浅い。第二回の『流れる』では早くも客演の方を迎え、Corichの演劇祭でグランプリを受賞したり、第三回の『ソネット』では初めて学外の劇場へ出て、更には坪内逍遙の縁の地、岐阜県美濃加茂市へも赴きました。ちょうど去年のこの日、ブログでは主宰の大塚が「2019年は、劇団にとって、きっと飛躍の年になると思います。」とか書いていましたが、なんかその、言われてみれば(?)、そうかもしれない。2018年は学内で活動していて、2019年は、積極的に外部に関わり、非常に良い経験をさせて頂いたと思います。

今年も劇団あはひに関わって下さった方々、公演に足を運んで下さったお客様方、本当にありがとうございました。

正直なところ、やってることの重みみたいなものを、劇団としてしっかり受け止められているのかわかりません。ただそれでも自分たちにできることとして、とにかく良い作品を作ることに妥協しない、ということが暗黙の内に方針となっています。2020年も今まで通り慢心することなく、2月の下北沢演劇祭での第四回公演を始めとして、更に飛躍の年になれば、と願っています。今後とも、劇団あはひをよろしくお願い致します。

それでは、良いお年をお迎えください。

 

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クリスマスについてです(小名)

毎週更新者が脱落していく中、僕は二週間に一回を突き通すべきだと思います(?)。とはいえ、ちょっと書くことがなくて困っているんです。ただ、多分気のせいですが、何かしらのイベントに被ることが多いような…。なんか成人式のときも書いたような…。早いものでもうすぐ一年経ちます。まあ何はともあれ、こういうときはイベントの力を借りるべきです。というわけで、今日はクリスマスですね(!!)。

ハロウィーンとかお正月とかバレンタインとか色々な行事がありますが、皆さん楽しめる方でしょうか。まあいちいち気にすることはないけれど、知るだけ知っておきたいじゃないですか、なんでこんな行事がっていう。毎年聞いて、ふーんとなって、来年には忘れているというのを脱却したいので、これを機に覚えてしまいたいです。ちょっと長いのにほんとにクリスマスの話しかしませんよ。それでは、

クリスマスの起源

「イエス・キリストの誕生日」ではありません。あくまで「誕生を祝う日」です。そもそもイエス・キリストの誕生日は諸説ありつつ未だ不明だそうです。

とはいえ色々な絵画があります

じゃあ何でこの日なのかというと、これはちょっと政治的な理由です。紀元前のローマ帝国では土着の宗教があり、その宗教の太陽神生誕祭的なものが12月25日で、結構盛大にやってたそうなんです。そして後にキリスト教を国教にするのですが、その際他の宗教の文化や慣習はすべて廃止されます。でもこのお祭りを急になくすわけにはいかず、キリスト教の祝日として上塗りされたわけです。だから12月25日なんですね。それでいいんかい、って気もしますが、まあやっぱり行事って、決まったときに向こうからやってきてくれるというのが大切なのかな…。それが何かっていうのは割と恣意的で。ちなみにごちそうやプレゼント交換もこの名残なのだそう。

クリスマスの謎①

みたいな感じなので曖昧な部分があるのは別段不思議じゃないですが、12月25日はいいとして、クリスマス・イヴって何なのでしょう。これは単純で、キリスト教の教会暦では日没で日付が変わるんです。だから教会暦の12月25日を現在のカレンダーに直すと、12月24日の日没から12月25日の日没までで、これが昔のクリスマスです。イヴというのはeveningで、今でいう12月24日の夕方から夜にかけてのことなんです。要はクリスマスの序盤を指す言葉ってだけなんですね。そして25日の日没後はもうクリスマスではないんです。ところで…

クリスマスの謎②

 

こいつまじで誰?

いやもともと疑問ではあったけど、起源を調べてみたところ、この紅白おじさんが出てくる文脈が特にないではないですか。さすがにちょっと調べてみましたが、「聖ニコラウス」という人がモデルで、さらにこの人の良い行いがプレゼント配りの起源になっていると、以下割愛。まあこの方の祭日もクリスマスの2、三週間前くらいにあるんですが、なんで12月25日に食い込んでくるのかわからない…。めっちゃ近いから誕生日とクリスマスで一緒いいよね、みたいなのと同じテンションなのでしょうか…。そして何故最終的にFI-96930 Arctic Circle FINLAND にお住まいなのでしょうか…。

あんまり追求するともうなんか民俗学みたいなのでやめておきます。でも気になりますよね、「聖ニコラウス」が、キリストの生誕祭に赤服白髭で動物に乗って登場する経緯が。文化的な、またもや政治的な、はたまた経済的な?うーん…まああれですね、

「あんまり気にするでない。」

ということでしょうか。もう紀元後2020年ですからね。何だってありえそうですよ。とにかくこういうものが残っていることが実際結構すごいです。というわけで、知るだけ知っておきました。結局イラストに頼る始末です。

 

 

 

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プレイベントを終えて(小名)

どうも、火曜日担当の小名です。毎週更新曜日担当になってからちょくちょくさぼっていると思われているかもしれませんが、違います。実は二週間に一回のペースで更新しているのです。勝手に。ええ。

12月9日月曜日、「第四回公演『どさくさ』プレイベント『粗忽長屋』を読み解く」、無事終了致しました。サンキュータツオさん、立川志のぽんさん、落語研究会の方々、本当にありがとうございました…それからどらま館の方々にもいつもお世話になっております…ああ早稲田大学学生生活課や文化企画課の方々にも…。プレイベントを開くだけでも色々とたくさんの方に助けて頂いています。まあいつもですけどね…。本多劇場でもですけど…。まあ少なくとも、劇団員も客演も皆で頑張っていければいいですね。

さて、プレイベントのお話をしたいと思います。来られなかった人もいますし。思い出せる限りですので間違っていたらすいません。二部構成で、第一部は立川志のぽんさんの『粗忽長屋』口演、第二部は主宰二人と志のぽんさん、サンキュータツオさんで座談会をしました。

一応あらすじを。

浅草観音詣に来た八五郎は、道端で人だかりに遭遇する。役人によると、昨晩行き倒れた男の死体を民衆に見せて、彼を知る人物を探しているのだという。すると、八五郎は死体の顔を見るなり、そいつは同じ長屋に住む熊五郎で、自分は今朝彼に会ったと言い張る。行き倒れが発見されたのは昨晩だと主張する役人の話に聞く耳を持たず、八五郎は、熊五郎本人を連れてくると言ってその場を去る……。

志のぽんさんの口演は、立川流ということで、柳家のような淡白な感じに比べれば、どちらかというとドラマチックでした。あ『粗忽長屋』は調べれば色々見れますよ。その後座談会でおっしゃっていましたが、やっぱり立川談志師匠を意識されているのだそう。

立川談志といえば、『粗忽長屋』を「主観長屋」という風に解釈していて、簡単にいうと、登場人物は主観性が強すぎて、「自分が生きてるか死んでいるかすらわからくなってしまっている状態」にあるということらしいです。あるいは「生きているはずの人物を死んでいると断定して、しかもその本人を説得する」という行為も、過度に主観的と言えます。

そして、第二部、「主観長屋」についての話しが主だったような気がします。なんとなくトピック毎にしましょう。

「主観長屋」について

サンキュータツオさんもこの解釈に少なからず同意していて、特に八五郎のように思い込みが激しいかつそれを強く主張することを「局所論理」というように言い換えていて、つまり、全体が見えておらずただ部分的にそれに固執しているような状態です。あるいは、客観的に事実であろうことに反した主張を続けることです。「主観長屋」では、八五郎が熊五郎を死んでいると言って説得する場面が結構強めに演じられます。しかもこういうやり方って、メディアの切り取りなんかを考えると、十分事実を変容させることができます。実際熊五郎は自分が死んでいると思い込むわけです。まあ思い込むというからには彼らの局所的な主観が間違っていると言っているようなもので、何が主観的かというと、彼らは「死んでいる人間が生きて活動することはありえない」という客観的な事実がわかっていないという点です。だからもはや粗忽、馬鹿とか慌ただしいというよりは、「主観長屋」なんですね。

精神分析が腑に落ちていた松尾

というような感じで話していたら、松尾くんが突然本の引用を紹介したいと言って音読を始めました(『落語の国の精神分析』みすず書房)。用意していたに違いない。にもかかわらず打ち合わせていなかったような空気。本人曰く、「いやあ、腑に落ちたんですよねえ」とのこと。

今日は時間がなかったかつ本が貸りられなかったので(さらっと読みましたよ)、うろ覚えで要約すると、粗忽とは「人間精神における意識と無意識との間で、対話を欠いている状態」のことらしいです。精神分析の前提として、一人の人間が統一的で常に同一な精神状態であるとは限らない、みたいなものがあります。自分の無意識と対話するということは、簡単に言えば、自分の中で、自分ではコントロールできない部分があることを知るということではないでしょうか。これはおそらく自分を客体化、つまり客観視できる契機になります。自己分裂というと仰々しいですが、こういうことはあまりにも日常茶飯事だし、多分実際人間の精神ってそんなものなのでしょうね。まあ無意識に限らず、自分のそれまでの主観からは推し量れない何か、そういうものがない場合は意識100%ですからね、そりゃあ主観は粗忽とも言えるようになります。太陽が動いているように見えるから、太陽が動いていると言うようなものですからね。確かにわからなくもないです。そしてこういう文脈で考えると、熊五郎は最後、自分の思い込みが崩れ始める契機に出会ったということでしょう。「抱かれているのは確かに俺だが、抱いている俺は一体誰だろう?」という。

メタフィクションに飽きた大塚

脚本・演出の大塚くんは旗揚げ公演でやったようなメタフィクションに飽きています。そのことを述べると、「一回そういうこといってみたいねえ」とお二人。多分ちょっといじられてました。

ただまあ、メタ的と言っても、ある物語があって、それを包摂する構造がその物語に含まれているみたいな、結局物語として閉じているような場合と、落語のように客席に向かって話しかけたり、その日しか伝わらないようなことを言ったり、そもそも物語というか舞台上から外に出ることが前提されている場合があると思います。旗揚げ公演は前者に近かったのかも。「落語は扉を開くときと閉じるときがある」と言われていましたが、つまり物語に入り込むときと突然客席に語りかけるときというように。でも多分それ以上に、落語ってそもそもが後者の意味でメタ的なんだと思います。扇子や手ぬぐいを何かに見立てたり、右向きで喋ればA、左向きで喋ればB、これももはや見立てみたいなもので、いずれにせよ観客が意味付けしてそれを了解しなければ成立しないんですね。そうじゃなっかたら扇子と手ぬぐいとキョロキョロしている人ですから。映画であったりすれば(フィクションであるという了解はあっても)観客は傍観者でいられますが、落語でそうだと文字通り特に意味がないんですね。演劇もせっかく見る人が目の前に同じ時間にいるわけですから、というかそういう状態が、物語が物語だけでは完結しないという点で、そもそもメタ的なんです。多分。

 

ちょっと長くなってきたのでこのくらいにします。それにちょっと記憶の問題があります…。ただどうやら、今回のイベントのおかげで『どさくさ』について考えられることが大いに増えたようです。改めて皆さんありがとうございました。それでは。

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色々なタイミング(小名)

ヨガやってました。↑

直近の稽古です。

もっとそれっぽい感じのときに「撮って」と言われたんですけどね、タイミングを逃しました。皆で合掌してましたよ。

「ごめんなさい。」皆の代理と私の謝罪を兼ねて。

人間日々それはそれは数多のタイミングを逃していると思うのですが、僕はしばしば、電車で座るタイミングを逃しています。目の前の席でも、駅に着いてその人が降りて、ドアが閉まって動き始めて数秒、くらいまで様子を見るのですが(混み具合によりますよ)、これ多分一般的に遅いですよね…?まあそうするとだいだい座れません。でもおそらくほぼ全員が同じ気持ちの中で、自分の利を突き通す勇気はなかなか…。あるいは座る罪を他人に押し付けているみたいなところがあります。だから座れる人って正直それはそれで誠実だと思うんですよ。どうでしょうか。

さて、第四回公演『どさくさ』(再演)のチケットが既に発売されています。昨日のブログでも書いてくれていましたが、購入方法はHPから、チケットぴあからなど色々あります。少しでもご興味があれば是非。

「よろしくお願いします。」皆からのお願い。

まだ3ヶ月くらいありますけど、あんまり様子見てると座れなくなっちゃうかもしれませんよ…!

 

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冬のお菓子(小名)

写真はロッテのお酒入りチョコレートシリーズです。冬になると食べます。別に冬になると食べたくなるとかではなく、正確に言うと、冬季限定なので売られ次第買います。

つまりまじ美味しい。特にバッカス。

カルヴァドスって初めて見たんですが、黄色いやつ、2013年から発売されて、出ない年もあったようですね。でもよかったです。大雑把に言うとバッカスりんご味ですね。ラミーは…皆さんどれがお好きでしょうか。食べたことない、知らなかったという人も是非買ってみて下さい。僕はお酒があんまりなんですが、なんか合うんですよねチョコレートと。

この間の稽古は行けなくてすいません。ただ何だかその稽古後に何人かで、高田馬場にある小さな公園でバスケットボールをしていたのですが、そこには赴きました。そして何事もなかったかのようにまるで最初からそれだけだったかのようにバスケットボールをしました。共同主催の一人松尾くんが元バスケ部で、皆色々教えてもらいました。目標はそこで日頃からバスケットボールをしている人に混じっても変に見えないことです。つまりそれっぽさを身につけることです。写真あればよかったな…。

稽古をすっぽかしてしまったので小話をする他ないのです。まあ理由はあるんですが、そういえば昔、生徒2教師1の個別指導塾に通っていました。もう一人の生徒は宿題をやってこなくてその理由を問い質されていました。

「どうしてやってこなかったの?」

「いえ、言い訳になるのでいいです。」

「言い訳と理由は紙一重です。とりあえず言ってみなさい。」

それ以降は覚えていません。でもまあ、そうなのかなあ、どうなのかなあ、と思っていたわけです。宿題ということに関してはそうでもないのかもしれませんね。中学生にもなると過失を自分で請け負うみたいな意識が芽生えると思うんですが、まあ、物事を自分だけに、あるいは自分の意志に半ば強引に帰属させているというか、たとえ自分のことに対してでもそれはそれで少々傲慢というかずるいというか、そういう気がしないでもないです。結局紙一重としか言ってないですが。

まあ僕の理由を要約すると、純粋に忘れていました。こういうのが一番厄介ですよね。あと「以後気をつけます。」ってなんであんなに響きが悪いんでしょうか。いい思い出がないです。だからかな。

次の高本さん劇団の現況をよろしくお願いします、と言いつつブログってこんな感じなのかなとも思います。それでは。

 

 

 

 

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運動のすすめ(小名)

制作の小名です。

最近は新宿スポーツセンターで稽古をしていますが、この場所は戸山公園という大きな公園のほぼ真ん中に位置しています。なので、行き帰りで公園を通ることになるのですが、やっぱり気になります。様々な自然、遊具、謎の筋トレ器具、ジョギングする人々、ブランコ。大学生になってからというもの全く運動していなかったのです。そういうわけで、先日の稽古終わりに、ついに公園に捕らわれました。それはそうです。まだ20代ですから、運動したいのです多分。忘れていました。体が重い、疲れが取れない、とずっと思っていたのですが、違いました。ただの運動不足で体がなまっていたのです。

色々とありますが、運動はした方がよいです。問題はブランコです。久しぶりにこいでみましたが、相変わらず少し怖い。そして一瞬で様々な記憶が蘇りましたね。言わずもがな、皆さん何かしら思い出があるのではないでしょうか。信じられないくらい怪我をしそうな乗り方をしていた人、怪我をした人、真似をして死にそうになっていた人、謎の魔改造を施していた人、などなど。僕は飛び降りて頭から着地しました、柵を飛び越えようとして柵に激突しました、などなど。

さて、ぜひ何か、運動をしていない人はしてみて下さい、というおすすめです。微に入り細を穿って語るより、よほどよほどたくさんのことを思い出すのではないかと思います。まあ、稽古場レポートなるものが同時並行しているので、こんな感じになりました。よろしければ、体を動かすよりそちらの方を見ていって頂きたいです。

 

 

 

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5月ワークショップ(小名)

制作の小名です。実は5月に劇団内でワークショップを行いました。共同主宰の松尾が「古武術」のワークショップに赴いたそうで、その内容を皆でやってみようという感じです。「古武術」。先生の教えによると、例えば、敵が頭上から剣を振り下ろしてきたときに、避けようとすると失敗するが、絶対に避けないという覚悟を決め、避けることを忘れるようにすると、なんと避けられるのだそうです。そしてこれを習得するには何年もかかると。何の話だ、という気がするかもしれませんが、かつてこの秘技をすぐに成功させたのが、歌舞伎役者の市川海老蔵で、彼は避けるとき、というかまあ、避けるときに、いつもやっている歌舞伎の足さばきで体を動かしたらしいです。そうしたら結果的に避けたんですね。

簡単に強引にまとめると、「やろうとしている意志している当の行為は、直接には、また完全には実現できない」ということになります。こう考えると、なんだか実感が湧くところもあるのではないでしょうか。集中しているときに限ってできないみたいな。ありますよね。というかそういうものです。あるんですよやっぱり。ただまあそうすると、演技、少なくともいい演技をするにはどうしたらいいのでしょうね。どうすべきかというか、結局どう見えるかだとは思うのですが。つくづく役者って大変そうだな、いや、大変そうだな、と思った次第です。

写真はワークショップとは関係ありません。最近の、ある日の稽古帰りです(松尾、東、古館)。3人とも「微妙、微妙」と口を揃えていたので、載せてしまいました。なるほど、皆捉えどころのない微妙な表情をしていて、とても自然に不自然です。

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チラシ完成しました(小名)

成人式が終わりましたね。劇団あはひのメンバーは今年度で全員大人です。嘘みたい、信じられない、お恥ずかしい。去年は色々ありましたから、色々でもないですが、今年は無事(?)に終わって良かったです。それにしても、「一生に一度」とはよく言うし、ニュースではよく言われたものですが、成人式をフォローする言葉ってもう少しこう、なんかないんでしょうか。あ、なんと今年は「平成最後」でした。……困りましたね、さすがに。

こんなことはさておき、既に情報公開されていますが、劇団あはひ第二回本公演『流れる』 のチラシが完成致しました。出演してくださる俳優の方々、ご協力してくださる方々に感謝申し上げます。いやもちろん東くん、古舘さんもですよ。東くんは 3 回目、古館さんは 2 回目です。俳優は毎回オーディションとか言っていたのですが、すいません。

今回は大人の方が沢山……と思っていたらびっくりですね、稽古まではもう少し時間がありますが、劇団あはひ頑張っていきましょう。

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「劇団あはひ」は早稲田の演劇プロデュース集団です。
主宰: 大塚健太郎・松尾敢太郎。
次回『短編_傘』11/3-4(早稲田祭公演)。

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