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バタバタ(古館)

どうも、土曜日担当の古館です。

先週はやっちまいでした、すみません。中高精勤の肩書を持つわたしですが完全に体調を崩しまして。みなさんも胃腸炎にはお気をつけて。

また、わたしは数日自力で治そうと試みて挫けたのですが、やはりお医者さんはすごいですね。驚くほど全ての症状を当てられました。体調不良を感じたら、すぐにプロの力を借りましょう。

 

さて、そんなこんなで年末ですね。みなさんいかがお過ごしでしょうか。我々は今日、稽古納めでした。そして稽古後は水谷八也先生の研究室にお邪魔し、落語のことや演劇のことについて、短い時間でしたがお話を聞かせていただきました。

 

お話は古今亭志ん朝の粗忽長屋の音源を聞かせていただくところから始まったのですが、そこから派生してしてくださったお話がとても興味深かったので少しだけ。同じ噺でも人それぞれ違いが出るというのは当たり前のことですが、志ん朝がお好きという水谷先生はその良さについて詳しく語ってくださいました。

型を守ることによってふと崩したときに生まれる生っぽい笑いがよいとか、そこには今そこに在る(落語は1人でそれをやるわけだけれど)人と人の掛け合いが見られるだとか、演劇にも応用できる話だなといろいろと考えさせられました。

 

ところで、実はいま体調不良ですっぽかしたシフトを取り戻すかのように働いており、バイトの休憩中にこのブログを更新しています!!そのため本当はもっといろいろ考えたい、伝えたいことがあるのですが今週はちゃんと更新したいので手短でごめんなさい。新年はまたしっかりと更新したいと思います。

 

師走というのはいろいろと忙しい、とはいえ溜まったタスクをなるだけ精算してしまいたい、そんな時期ですね。ただスッキリとした心で2020年を迎えられるよう、わたしとしてはもう一踏ん張りといったところです。

みなさんの予約がとても励みになるのでまだまだよろしくお願い致します。それでは今回はこのへんで。2019年もありがとうございました!!

改めて本多劇場(高本)

高本です。

昨日、本多劇場に行ってきました。窓口に『どさくさ』のチラシが貼ってあって、とても感激しました。

大学進学のために上京して3日目くらいに、電車を調べながら下北沢に行き、劇場を巡った日のことが思い出されます。

私はそれまで地方に住んでいたので、演劇といったら下北でしょ、と思っていて、演劇好きとして、これからこの町に通うぞというモチベーションで上京したんです。もちろん観るために。

本多劇場はそのなかでも有名で、憧れの劇場でした。念願叶って初めて本多劇場で舞台を観たのは、2年前。ケラさんの『百年の秘密』でした。

観劇すること自体憧れていた、そんな劇場で、作品を上演させていただけるなんて、舞台に立たせていただけるなんて、なんというか、もう、ほんとに言葉にならないです。

 

昨日は『神の子』を観ました。

場内は満席。私は前日にネットで当日引き換え先着チケットをとったので、前から3列目の補助席でした。本多劇場で前の方に座るのは初めてだったので、ちょっとドキドキしました。テレビや映画で見ているような役者さん方が手の届く距離にいて、同じ空気の中で同じ世界を見ているという感じに、「ああ、これ!私が好きな舞台の世界ってこれ!」って久しぶりに興奮しました。また、役者さん方の熱量に圧倒されもしました。久しぶりにいい観劇体験でした。

豪華なキャストでした

作品を楽しんだ上で、いろんなことを考えました。

今『どさくさ』に向けてスタッフさんと打ち合わせをよく行なっているため、いろんなスタッフさんのことが浮かんで、「これは裏で舞監さんが頑張ってるんだろうな」、とか、「これは音響さんの技術なのかな」、とか思ったりして、今この上演ができているということ自体に感動しました。

劇場を出て、「ああ、この劇場で、たくさんの方に支えられて、上演させてもらえるんだ……」と思ったら本当に感無量で、涙が出てきました。

劇場のスタッフさんや、ほかにも様々な方に支えられながら、経験も腕もあるスタッフさん方とともに、作品を作っていける今の環境に本当に感謝しなくてはと思った日でした。

まだまだ先だと思っていた本番まで2ヶ月をきり、年が明けたらきっともっとあっという間なんだろうなと思っています。

後悔のないように、そして観にきてくださる皆様に楽しんでもらえるように、最後まで頑張りたいと思います。

えど

あはひの休日(松尾)

さて、先週の投稿で、それまでブログ皆勤賞だった大塚君の脱落を報告しました。
そして今週は、土曜日担当の古館さんの離脱(胃腸炎)を報告せねばなりません…。ついに生き残ったのは僕だけとなりました。彼女らの無念を晴らすため、僕は意地でも毎週投稿していきます。

こんにちは。松尾です。

時は遡り、プレイベント前日のことです。稽古が中止となり、予定が空いた劇団あはひは、両国にある江戸東京博物館に行ってきました。落語が題材なんだから、江戸の暮らしを少しでも知っておこうという訳です。ところが、思わず立ち寄った駅近くの酒屋さんで試飲を勧められ、日本酒をぐいぐい。真昼間からお酒を嗜み、心地よい気分で江戸東京博物館に入場しました。しかし、あまりの規模の大きさにびっくり。一周するのに2時間もかかっちゃいました。

展示を見終え、まだ時間に余裕があった我々は、寄席を観に行くことにしました。ここでもまた、缶チューハイとから揚げをつまみながら、両国から浅草演芸ホールまで歩きました。東京の夜景を映す隅田川がきれいでとても気持ちよかったです。肝心の寄席の方なんですが、歩き疲れていたのか、酔っぱらっていたのか分からないんですけど、途中で寝ちゃいました。

 

寄席の帰りに雷門の前を通りかかりました。長かった一日を振り返りながら、

ああ、八五郎と熊五郎が暮らす長屋はこんな形をしていたんだな。

ああ、酔いつぶれた熊五郎は浅草のきっとこの辺で倒れたのかな。

とか、勝手に落語“粗忽長屋”の世界を辿ってきたような気がして、少し胸が高鳴りました。

まとまらないブログですみません。こんな時間に更新しているので、実質僕も間に合っていないってことで脱落かな。来週は年末だしブログ当番サボっちゃおうかな。来年も劇団あはひのブログをよろしくお願いします。

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有馬記念(大塚)

おはようございます。

完全に月曜日ですが、日曜日担当の大塚です。

先週も書き忘れたので思い切って投稿することにします。

有馬記念行ってきました。

劇団員たちの中でも金欠の連中が、せっかくだから……と言って託してくれた1000円、500円、500円を増やす気満々で出かけていきましたが、

外しました。

ごめん。

アーモンドアイがね、うん。

で、ここからが彼らにも報告してないところですが、実は、

自分だけちゃっかり勝ちました。

ほんとごめん。

駅から競馬場までの通路にあった、馬に関する名言

で、帰ってきてM1見ました。

ミルクボーイ、すごかったです。

いい日でした。

 

 

文字起こし画像

最近のはまり(高本)

高本です。

稽古に行き、大学に行き、稽古に行く日々です。

 

最近、文字起こしにハマっています。というのは、11月に水谷先生と福島へ遠征に行った際、朝方まで語り合ったのですが、その文字起こしをしているからなんです。だんだん文字起こしのキツさより、ランナーズハイみたいになってきて、楽しいというか、止まらなくなってきて、電車のなかでやったり、待ち合わせの駅前で携帯2台使ってやったりしています。4時間弱の録音があり、現在2時間半くらいで50000字くらいになっています。

あと1時間ちょっと…いつ終わるのでしょうか。

 

こんな時間になってまで投稿するような濃い内容ではありませんが、そんな感じで、明日もまた頑張ります。

はなえ手

て(松尾)

毎日投稿制度になってもう何周したでしょうか…。
松尾、古館とともに、無休で投稿を続けてきた大塚君が、ついに昨日書き忘れてしまいました。いやいや。やりおったなと。皆様も夜遊びは程々にしましょうね。

 

こんにちは。松尾です。

僕は子どものころから絵を描くのが好きです。

高校生になっても、めちゃくちゃ暇になると、好きなキャラクターや嫌いな先生を机に描いていました。

でも、同じものばっかり書いていると飽きが来るんですよね。

そういう時は、「手」の落書きをしていました。「え…手?」って思うかもしれません。引かないで。これを読んでいる劇団員もどうか引かないで。いや、手って皆が思っている以上に面白いんです。自分の手をゆっくり開いたり閉じたりしてみてください。それを色んな角度から見てみると、それだけで描ける手の種類は無限大。だから飽きが来ないんですよね。

そう、手はいろんな表情を見せてくれます。日常でも、緊張したときや怒ったときに、手は顔より正直なことがありますよね。だから僕たちは、手の形や位置、仕草を読み取って、相手の状態を測っていると思います。それは舞台を観る時も同じで、役者の手の位置や動きがちょっとでもおかしいと、途端に不自然に見えてしまいます。そう考えると、手は、役者にとって、彼らの莫大すぎる情報を浮き彫りにする、厄介な代物なのですね。

いかんいかん。書きすぎると、自分が演技をする時、めっちゃ気にしてまう。この辺で終わりにしましょう。『どさくさ』をご覧になる皆様、僕らの手をあんまりじろじろ見ないでくださいね。作品を観ましょうね、作品を。

 

 

余談ですが、僕が手を描くときは、『ドラゴンボール』『僕のヒーローアカデミア』の手を参考にしています。好きな手はいっぱいありますが、『NARUTO』に出てくるガイ先生が必殺技・昼虎を繰り出すときの手ったらもう。あれはアツいです。あんな手おれには描けん。皆さんぜひ探してみてください。それでは。

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どっちから聞きたい?(古館)

どうも、土曜日担当の古館です。

松尾改め鈴木のブログを受けて瀬沼に書く?と打診したところ、恥ずかしい〜〜と言って断られました。非常に残念です。いつかもし彼女の気が向いてくれたら登場するかもしれません。

 

さて、今日という日は、「いいニュースと悪いニュースがあるんだ、どっちから聞きたい?」みたいな日でした。伝わりますかね。ちなみにみなさんはどっちから聞きたい派ですか?わたしは後者から聞きたい派なので、まずはそちらから書きたいと思います。

 

とはいえ、実はそれって別に全然悪いことではなく、むしろいいことではある気もするのでわたしの気持ちの話なのですが。というのも、今日はなかなか中身の濃い稽古ができたんですね。あ、これは素晴らしいことです。ただ、その稽古の中で図らずも、わたしが今すごく自身の中にあると思っていた課題とちょうど向き合わされる形になってしまったのです。

 

 

まぁ誰しもそういうことってありますよね。別に演劇ではなくても、自覚のある欠点に目に見える形で直面させられてしまうというか。でも、そういうのって、とても悔しいじゃないですか。だから心の中のわたしはひとり心の中でめちゃめちゃ落ち込んだんですけど、でも、落ち込んでても明日は来るし、明日もまた稽古があるし、ぐずぐずしたままではいられないので、よく寝て明日もがんばろうと思います。

 

そして、わたしをそう前向きにさせてくれた要因でもあるのが、前述したいい方のニュースなんですね。実は今日は稽古のあと、末広亭で行われた神田松之丞さんの卒業講演in深夜寄席に行ってきたのですが、それがもうほんとうに凄くて。講談について特別知識があるわけでもないのですが、もうただただ感動してしまって、圧倒されるとはこのことかという感じでした。

 

 

100年ぶりに到来したと言われている講談ブームを松之丞さんは「俺のおかげ」と冗談ながらに語っているようですが、なにも知らないわたしですらたしかにきっとそうなんだろうなと思うほどの貫禄。出てきた瞬間からはける間際までかっこよく、文字通り心を鷲掴みにされてしまいました。これは恋ですか?

 

そんなこんなで興奮冷めやらぬまま筆を取ってしまいましたが、今日の講談には完全に元気とやる気をいただきました。やっぱり人の心を惹きつける仕事って、その土俵はなんであれ、素晴らしいなと思います。

我々の次回公演を見てそんな気持ちになっていただきたいというのはさすがにおこがましいですが、そのくらいの気持ちで、真面目にひたむきに取り組んでいきたいですね。以上、わたしの1日でした。

写真2

結団式に行ってきました(東)

こんばんは、金曜日担当の東です。

寒いですね。

 

最近、TSUTAYAプレミアムなるものを始めました。

 

AmazonプライムやNetflixがすっかり主流になってきている昨今ですが、色々なCDDVDに囲まれながら観たい作品を選ぶ時間が好きなので、未だにTSUTAYAに通っています。

それは結構なのですが、いかんせん観たいものが多いんです。

ついついあれもこれもと借りてしまい、結局全部観きれないまま返却期限に遅れ、延滞料金を支払うという悪循環を繰り返していました。

TSUTAYAにとってはさぞや絶好のカモだったろうと思うのですが、さすがに見かねたのか、店員さんがTSUTAYAプレミアムというものを薦めてくれたのです。

 月額1100円で返却期限なしで一回5枚までなら借り放題、というもので、その直前に延滞料金1500円を支払っていた僕には、めちゃくちゃお得なものに思えてしまい、即座に加入しました。

 

これはこれでTSUTAYAの思うつぼな気もしますが、とりあえず返却期限から解放されてハッピーです。

 

 

 

一昨日、第30回下北沢演劇祭団結式に劇団員5人で参加してきました。

 

 

高本が撮ってくれてます。

 

 

松尾の肩幅が広すぎですね。

演劇祭に参加する団体が一堂に会して、交流を深めるというもので、とても有意義な時間を過ごさせていただきました。

 

そもそも今回の公演「どさくさ」ですが、劇団あはひの第4回公演であると同時に、この下北沢演劇祭の演目の一つでもあります。

 

下北沢。素敵な街ですよね。

 

皆さんはどういうイメージをお持ちでしょうか。

普段演劇にあまり関わりが無い方には、古着屋がたくさんあるお洒落な街、というイメージが強いかもしれませんが、様々なサブカルの発祥の地であり、昔から演劇がとても盛んな街でもあります。

僕も演劇を始めるまでは全然知らなかったのですが、実際に街を歩いてみると、至る所に劇場が立っているのを見かけます。

 

そんな演劇の街、下北沢で開かれるこの下北沢演劇祭なのですが、なんと今年で30回目だそうです。

 

素敵なデザインですね。

 

2/1~3/1までの一か月間、9つの劇場で全23団体が公演を打ちます。

劇団あはひは、本多劇場のトップバッター。

改めて考えるとなんて責任重大なんだとフラフラしそうですが、精一杯頑張りたいと思います。

 

他の参加劇団の方々とお会いするのは今回が初めてでした。

演劇祭に既に何回か参加されていたりと、キャリアのあるベテランの方々が多い中、明らかに浮いていて非常に恐縮でしたが、皆さん気さくに話しかけて下さり、とても良い交流の機会になりました。

 こんなに多くの人が関わっているのだと、改めて身の引き締まる思いです。

 

公演まであと二か月。みんなで頑張っていきたいと思います。

 

 

それではまた。

メガホン写真

演出助手のお仕事(高本)

高本です。先週から水曜日も稽古が入るようになったので、稽古場レポートをと思っていたのですが、翌日大学の授業で発表があり、準備に追われていたら朝になっていました。うーん、書けなかったのとても悔しい。

今日も夕方から稽古ですが、終わってからだと多分疲れて書き上がるのが遅くなってしまいそうなので、行く前に投稿しようと思います。

 

今日の写真。工作しています。なにを作っているでしょうか。
これもれっきとした演出助手の仕事です。稽古で必要な仮の小道具なり簡単な舞台のセットなりを準備します。
『流れる』の時は、ダンボールで、本物とほぼ同じサイズの仮スタンド灰皿を作り、毎回稽古に持っていっていました。
今回は…どうなるのでしょうか。果たして写真のこれを使うのでしょうか。分かりませんが、こういうのを考えるのはちょっとワクワクしてしまいます。

 

私は小さい頃から地元で演劇をやっていたのですが、その時は母が私の小道具や衣装を作ってくれていました。母のアイデアは本当にすごいんです。

早替えのために、ネクタイの、前の見える部分だけ形を作って縫い、あとはゴムに付け替えて頭から被るだけにしたこともあれば、バレエの時に使う薄いスカートが、指定の色がなかったので白のスカートを買ってマッキーで塗ったこともありました。
家で布を染めてバッグや衣装を作ってくれたり、柱時計の役をやったときは、胸のところに、針が動く、取り外し可能な時計のついた衣装を作ってくれたりしました。あれは本当にどうやって作ったんだろう…。
ちなみに母は普段から裁縫とか作ったりするのが好きなタイプではないそうです。でも、舞台の時は張り切って、簡単かつ早く作る様々なアイデアで作ってくれました。

 

私も母の血を継いだのか、そういったことを考えるのが好きなようです。でも、まだまだ母には及びません。今回も、自分では思いつかずこれこれこういうものが作りたいんだけどと言ったら、その日のうちに実家で試作した写真が送られてきて、それを今私が作っています。

母を頼りつつ学びつつ頑張っていきたいです。

 

それでは、本日の稽古も頑張ります!!

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プレイベントを終えて(小名)

どうも、火曜日担当の小名です。毎週更新曜日担当になってからちょくちょくさぼっていると思われているかもしれませんが、違います。実は二週間に一回のペースで更新しているのです。勝手に。ええ。

12月9日月曜日、「第四回公演『どさくさ』プレイベント『粗忽長屋』を読み解く」、無事終了致しました。サンキュータツオさん、立川志のぽんさん、落語研究会の方々、本当にありがとうございました…それからどらま館の方々にもいつもお世話になっております…ああ早稲田大学学生生活課や文化企画課の方々にも…。プレイベントを開くだけでも色々とたくさんの方に助けて頂いています。まあいつもですけどね…。本多劇場でもですけど…。まあ少なくとも、劇団員も客演も皆で頑張っていければいいですね。

さて、プレイベントのお話をしたいと思います。来られなかった人もいますし。思い出せる限りですので間違っていたらすいません。二部構成で、第一部は立川志のぽんさんの『粗忽長屋』口演、第二部は主宰二人と志のぽんさん、サンキュータツオさんで座談会をしました。

一応あらすじを。

浅草観音詣に来た八五郎は、道端で人だかりに遭遇する。役人によると、昨晩行き倒れた男の死体を民衆に見せて、彼を知る人物を探しているのだという。すると、八五郎は死体の顔を見るなり、そいつは同じ長屋に住む熊五郎で、自分は今朝彼に会ったと言い張る。行き倒れが発見されたのは昨晩だと主張する役人の話に聞く耳を持たず、八五郎は、熊五郎本人を連れてくると言ってその場を去る……。

志のぽんさんの口演は、立川流ということで、柳家のような淡白な感じに比べれば、どちらかというとドラマチックでした。あ『粗忽長屋』は調べれば色々見れますよ。その後座談会でおっしゃっていましたが、やっぱり立川談志師匠を意識されているのだそう。

立川談志といえば、『粗忽長屋』を「主観長屋」という風に解釈していて、簡単にいうと、登場人物は主観性が強すぎて、「自分が生きてるか死んでいるかすらわからくなってしまっている状態」にあるということらしいです。あるいは「生きているはずの人物を死んでいると断定して、しかもその本人を説得する」という行為も、過度に主観的と言えます。

そして、第二部、「主観長屋」についての話しが主だったような気がします。なんとなくトピック毎にしましょう。

「主観長屋」について

サンキュータツオさんもこの解釈に少なからず同意していて、特に八五郎のように思い込みが激しいかつそれを強く主張することを「局所論理」というように言い換えていて、つまり、全体が見えておらずただ部分的にそれに固執しているような状態です。あるいは、客観的に事実であろうことに反した主張を続けることです。「主観長屋」では、八五郎が熊五郎を死んでいると言って説得する場面が結構強めに演じられます。しかもこういうやり方って、メディアの切り取りなんかを考えると、十分事実を変容させることができます。実際熊五郎は自分が死んでいると思い込むわけです。まあ思い込むというからには彼らの局所的な主観が間違っていると言っているようなもので、何が主観的かというと、彼らは「死んでいる人間が生きて活動することはありえない」という客観的な事実がわかっていないという点です。だからもはや粗忽、馬鹿とか慌ただしいというよりは、「主観長屋」なんですね。

精神分析が腑に落ちていた松尾

というような感じで話していたら、松尾くんが突然本の引用を紹介したいと言って音読を始めました(『落語の国の精神分析』みすず書房)。用意していたに違いない。にもかかわらず打ち合わせていなかったような空気。本人曰く、「いやあ、腑に落ちたんですよねえ」とのこと。

今日は時間がなかったかつ本が貸りられなかったので(さらっと読みましたよ)、うろ覚えで要約すると、粗忽とは「人間精神における意識と無意識との間で、対話を欠いている状態」のことらしいです。精神分析の前提として、一人の人間が統一的で常に同一な精神状態であるとは限らない、みたいなものがあります。自分の無意識と対話するということは、簡単に言えば、自分の中で、自分ではコントロールできない部分があることを知るということではないでしょうか。これはおそらく自分を客体化、つまり客観視できる契機になります。自己分裂というと仰々しいですが、こういうことはあまりにも日常茶飯事だし、多分実際人間の精神ってそんなものなのでしょうね。まあ無意識に限らず、自分のそれまでの主観からは推し量れない何か、そういうものがない場合は意識100%ですからね、そりゃあ主観は粗忽とも言えるようになります。太陽が動いているように見えるから、太陽が動いていると言うようなものですからね。確かにわからなくもないです。そしてこういう文脈で考えると、熊五郎は最後、自分の思い込みが崩れ始める契機に出会ったということでしょう。「抱かれているのは確かに俺だが、抱いている俺は一体誰だろう?」という。

メタフィクションに飽きた大塚

脚本・演出の大塚くんは旗揚げ公演でやったようなメタフィクションに飽きています。そのことを述べると、「一回そういうこといってみたいねえ」とお二人。多分ちょっといじられてました。

ただまあ、メタ的と言っても、ある物語があって、それを包摂する構造がその物語に含まれているみたいな、結局物語として閉じているような場合と、落語のように客席に向かって話しかけたり、その日しか伝わらないようなことを言ったり、そもそも物語というか舞台上から外に出ることが前提されている場合があると思います。旗揚げ公演は前者に近かったのかも。「落語は扉を開くときと閉じるときがある」と言われていましたが、つまり物語に入り込むときと突然客席に語りかけるときというように。でも多分それ以上に、落語ってそもそもが後者の意味でメタ的なんだと思います。扇子や手ぬぐいを何かに見立てたり、右向きで喋ればA、左向きで喋ればB、これももはや見立てみたいなもので、いずれにせよ観客が意味付けしてそれを了解しなければ成立しないんですね。そうじゃなっかたら扇子と手ぬぐいとキョロキョロしている人ですから。映画であったりすれば(フィクションであるという了解はあっても)観客は傍観者でいられますが、落語でそうだと文字通り特に意味がないんですね。演劇もせっかく見る人が目の前に同じ時間にいるわけですから、というかそういう状態が、物語が物語だけでは完結しないという点で、そもそもメタ的なんです。多分。

 

ちょっと長くなってきたのでこのくらいにします。それにちょっと記憶の問題があります…。ただどうやら、今回のイベントのおかげで『どさくさ』について考えられることが大いに増えたようです。改めて皆さんありがとうございました。それでは。

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「劇団あはひ」は早稲田の演劇プロデュース集団です。
主宰: 大塚健太郎・松尾敢太郎。
次回『短編_傘』11/3-4(早稲田祭公演)。

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